人の可能性を信じるのは、意志

以前もすこし書いたけれども、心理学にはラベリング効果という言葉があります。

人に対して、あの人は〇〇な人、というようにレッテルを貼ると、その人は〇〇な人のようになりがちだという現象のことです。

例えば、いつも喧嘩ばかりしている子に対して、「不良少年」というレッテルを貼って接していると、その子は「そうか、自分は不良なのか」と意識するので、本当に不良少年らしい行動をとりがちになります。

なので君とあまり関係がよくない人に対して「こいつはだめだ」と見切りをつけて接してもいいことってあまり起きないんだよね。

そういうふうに接せられると、相手は君に対して嫌な気持ちを持ちます。君のためにいい人になろうっていう気持ちがわきにくいし、むしろ、君に対して嫌がらせをしてやるって気持ちになるかもしれません。余計関係が悪くなりがちだよね。

相手を疑ったり、信じなかったり、健全な期待をしないでいたら、相手といい関係を築くことは難しいんだよね。相手の変化や成長を支えることが難しくなるんだよね。

 

 

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「自分は期待されていない」と感じた人は、嫌な気持ちになったり、悲しい気持ちになったりします。

ある人は「自分はどうせだめだ」と自信を無くして、自暴自棄になってしまうかもしれません。

ある人は、自分に期待をしない君の関心をひくために、悪さをしたり嫌がらせをして注目してもらおうとするかもしれません。

ある人は、自分の自信を保つために、「自分に期待をしないあいつがおかしいんだ」と考えて、君の批判をあっちこっちでするかもしれません。

どちらにしろ、いい関係を築けないよね。

相手の可能性を信じる姿勢を持って接しているほうが、いい関係を築けるんだよね。

信じることはときにとてもしんどいです。信じても信じても、裏切られることがあるかもしれません。相手に見切りをつけて、期待をしないほうが楽なように見えることもあると思います。

相手になにも変化や成長の可能性を感じられないこともあると思います。

実際、相手の変化や成長の可能性はほとんどないのかもしれません。でも、ゼロではありません。

どんな人であれ、変化の可能性がない人はいません。生きている間は、人は変われるとロイチは思うんだよね。

これは自分に対しても同じことが言えます。生きている間は、自分を変えられると思うんだよね。

 

 

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相手に対して期待をするときに、気を付けなければいけないことがあります。それは、相手を支配したり操作したりしないようにすること。

例えば「自分の言うことをなんでも聞く」という期待をすることは、相手を人形にしたり奴隷にしたりしようとすることと同じです。そんな期待をされたら、相手は嫌な気持ちになってしまうよね。

ロイチは人に対して行う期待には、いい期待と良くない期待があると思っています。

良くない期待とは、相手を支配して、自分の思い通りにしようとすること。相手の気持ちはどうでもよくて、自分のさびしさだったり支配欲を満たすことが目的です。

それに対して、いい期待は相手に対する愛情にもとづいています。

悪いことをしないことや善に向かって行動をすることで、相手が徳のある人になって素晴らしい人生をおくれるように期待することです。支配して相手の自由を奪おうとはしません。

 

読んでくれてありがとさん!!