超訳「ひといちばい敏感な子」

ひといちばい敏感な子 という本を読みました。

 


センシティブという言葉は日本語では「繊細」と訳されがちです。

センシティブであることは、生きるうえで不利なこともありますが、それ以上にすばらしい点もあります。

「センス」があるという言葉がいい意味で日本で扱われるように、センシティブな人は、普通の人が気づけないことに気づくことができたり、普通の人が到達できない領域に到達する素質をもっています。

生きづらさを感じているセンシティブな人にとって、自分のセンシティブさを肯定的にとらえるための言葉が数多く書かれていました。

今回も、超訳なので原文どおりではないけれど、そこは許してね。

 

 

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センシティブな人は生まれつきよく気づき、深く考えてから行動をします。そのため、大人も子どもも共感力があり、聡明で直感が鋭く、創造性が豊かで、思慮深い傾向があります。

 

センシティブな子は他の人よりもたくさんのことを徹底的に受け止めるので、心を揺さぶられるようなことがあったときは、強い感情が生じます。

 

センシティブな子はたくさんのことに気がつくので、気が散りやすい傾向にあります。ただ通常は、受け取った情報を深く処理する性質のほうが気の散りやすさよりも強く、不安のない静かな場所で集中力を発揮することができます。

 

子どもがもし内向的でセンシティブだったとしても、人嫌いなわけではありません。

 

センシティブな子は人だけでなく環境も自分がよくわかっているものに接したがります。

 

人それぞれ幸せと感じることは違いますが、だれもが生まれながらに求める幸せは何かといえば、それは「知ること」。しかも大事なことを深く知ることです。その意味でセンシティブな子は、すばらしい素質を備えた人間だといえます。

 

大切なのは「必要なときは、助けてくれる人がいる」という安心感です。センシティブな子の場合は危険をより鋭く察知するので、周りに支えてもらうことが必要です。しかも母親や周りの大人が自分をどれほど理解し、助けてくれるのかを、よく感じ取っています。

 

親が子どもの感情を受け入れ、そばにいて聞くようにすればするほど、幼いときは”問題”が多くなります。なぜなら、子どもは怒りや興奮、イライラした、傷ついた、怖かった、圧倒されたという感情を自由に表現してもいいと感じるからです。

 

子どもが自分でネガティブな感情を包めるようになるまでは、親が包み込むようにしましょう。できれば、静かな場所に連れて行って、感情を思い切り吐き出させ、その間、さえぎらないで静かに受け止めましょう。「もっと何でも話し手いいんだよ」という態度でいることが大切です。すべてを吐き出すことで、感情の原因が何かがわかります。子どもは、自分の中で起こったことを一人で解決しなくてもいいんだと感じることができます。

 

過剰な刺激や興奮は、感情を高めます。特にネガティブな感情は強くなりがちです。眠らず誰かに発散しようとしても、余計な刺激が加わるだけです。一晩ぐっすり眠れば、たいていの感情は消えていきます。

 

小さなことにも気づき、情緒が豊かで、他人の思いや危険を鋭く察知できるのは、社会の中で生きるうえですばらしい性質です。共感力と直感力、分析力に優れているので、すばらしいリーダーに向いています。

 

センシティブな子は小さいときから推察する力があります。どんな子も、自分の保護者の気持ちをくみとります。自分が生きていけるかどうかは、その人の手にかかっているとわかっているのでしょう。

 

私たちの社会には、センシティブな子の自己肯定感を阻むさまざまな要因があります。

 

私がインタビューした外交的なセンシティブな人の多くは、安心できる環境で周囲の愛情をたくさん受けて育てられました。

彼らにとって人の集団とは、慣れ親しんだ安全なものだったのです。

 

しつけがされない家では、子どもは、自分はどうしたってだめだから、しつけもされないのだと感じるようになります。

 

センシティブな子はいつか、世界の内外のさまざまな美を深く理解し、楽しめる素敵な大人になります。この世界の深みで見つけた宝を、他の人にもわかる形で表現してくれるかもしれません。