しっかりと悲しむ。

喪に服すっていう言葉があります。

身内に不幸があったりしたときに、一定の期間、活動をひかえたりして、悲しみと向き合うことをいいます。

これって一つの知恵だとロイチは思うんだよね。

大きな悲しみに遭遇したときは、時間をおいてしっかり向きあって、気持ちを整理する必要があると思うんだよね。じゃないと、あとあと悲しみにひきずられるからさ。

たとえばお部屋の掃除。お部屋を何か月も掃除しないでいても、生活できなくはないです。だけど、部屋はどんどんゴミやものがたまっていくから、居心地が悪くなってしまうよね。住み心地が悪い環境で暮らしていたら、知らず知らずストレスがたまって、イライラしがちになってしまいます。

 

人の心もそうです。辛い経験をして大きな悲しみを感じても、それと向き合わないで、ふたをして生活をすることは可能です。

でも、たとえふたをしても、心の底にはずっと残っているんだよね。子どものころに体験した悲しい体験に、大人になっても無意識のうちにひきずられることはよくある話です。

また、子どもの頃でなくても、大人になってから体験した悲しい経験でも、その後何年間も引きずってしまうこともあります。

 

 

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結局のところ、悲しみとしっかりと向き合う必要があるんだよね。

お部屋の掃除をしっかりしないと、住み心地がよくならないように、自分の心の奥にしまいこんだ悲しみとしっかり向き合わないと、すっきりできないんだよね。悲しい体験を克服したり、自由になることができないんだよね。

ただ、悲しみと向き合うことはとてもエネルギーがいるし、勇気もいります。一人では立ち向かえないこともあります。そういうときは、もしも君の悲しみに共感してくれる仲間がいれば、力を借りてもいいと思うんだよね。お葬式も、一人で悲しまないでみんなで悲しみを共有して、わかちあうことで悲しみを乗り越えることができるものね。孤立感を感じなくてもすむものね。

 

読んでくれてありがとさん!!