承認欲求は正義にいたる。

承認欲求という言葉があります。

人や社会から認めてもらいたいという欲望のことです。

親から認めてもらいたいとか、学校の先生から認めてもらいたいとかいう気持ちのことね。

 

欲望には必ずなにかしら、その欲望が必要な理由があります

例えば、食欲。食欲がなかったら、生き物は食べ物を食べようとしません。そしたら、肉体がやせ衰えていっても食べようという気持ちが起こらないので、いずれ死んでしまいます。

つまり、食欲は生き物が肉体的に死なないために必要なんだよね。

じゃぁ、承認欲求は?

承認欲求はなんのためにあるのでしょうか?

承認欲求は生き物が社会的に死なないためにあるとブイチは考えています。

もしも承認欲求、つまり他人や社会から認められたい、受け入れてもらいたいという欲望がなかったら、みんなそれぞれ、人の目を気にせずに自分勝手に生活をし始めます。

もしも全ての人から承認欲求がなくなったら、人は他人からどう思われてもいい、社会的に死んでもいいから、自分の好き勝手に行動しようとします。

ある人はむかつく人を殺してしまうかもしれませんし、ある人は全裸で街を歩き始めるかもしれません。だって社会的に死んでもなにも感じないんだから。

 

もしも承認欲求がなかったら、みんな好き勝手に行動をするから、社会を築くことができないよね。人間は社会的な生き物、つまり社会のなかで生きる生き物です。家族とか、学校とか、会社とか、国とかね。

人が人として生きていくためには、承認欲求は必要な欲望なんだよね。

 

 

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食欲に振り回されて食べたいだけ食べて飲みたいだけ飲んだら、健康を損なうし、逆になにも食べないでいたらそれはそれで低栄養になって健康を損なってしまうよね。

健康的な生活をするためには、食欲に振り回されないで、上手に付き合う必要があるよね。

これは承認欲求に対しても同じことが言えます。

承認欲求がなかったら社会的に死んでしまうけれど、承認欲求に振り回されても社会のなかで上手に生活をすることが難しくなります。

承認欲求に振り回されている人は、他の人に過剰に贈りものをしたり、お金を渡したり、こびたりします。または支配的に人に接したり、悪さをしたり、派手なパフォーマンスをしたり、他人をおとしめたり否定したりして自分の正当性を主張することでなんとか自分を受け入れてもらおうと、認めてもらおうとします。

これじゃ、とても健康的な生活とはいえないよね。

 

 

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承認欲求と上手に付き合っている人は、人に媚びたり支配的に接したりしません。

かわりに、その社会の中の正義に向かって行動をします。

正義へと向かって行動をすることで社会から認められ、周囲の人と健康的なつながりを築くことができます。

家族、学校、会社、国……社会の形はいろいろとあるけれどね。

承認欲求は、正義に向かって行動をするためのモチベーションに昇華することができるんだよね。

 

読んでくれてありがとさん!!