超訳「嫌な気分よ さようなら」

「嫌な気分よさようなら」という本を読みました。

 

この本のテーマは「認知行動療法」。認知行動療法とは、歪みのある考え方を変えることで、ウツとか他の精神的な病になるのを防ぐ治療法です。ウツ病の人だけでなく、健康な人にも役立つ本です。

一通り読んだ結論から言うと、嫌な気分になったときは、とにかく紙に書いて、そして何でこういう気分に自分がなるのか、自分の考えを書き上げてください。原因はなんなのか。自分の憂鬱な感情は何を意味しているのかを。

そうしたら、自分の考えの奥底の考えのゆがみが見えてきます。そのゆがんだ考えを変えることで、いちいち嫌な気分にならなくてすむんだよね。

自分の感情の、紙への書き方とか具体的な方法も書いてあったけど、このブログでは割愛します。興味がある子は本を買うか借りるかして読んでみてくださいな。君の人生にとって無駄にはならないと思います。

いくつか、本に書いてあった内容を下に抜粋するね。いつもどおりだけど、超訳なので、原文どおりではないけど、そこは許してね。

 

 

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ほぼ2千年前、ギリシャの哲学者、エピクロスはこうのべています。「人は物事によってではなく、それらについての自らの考え方によって 悩み苦しむのである。」と

 

認知療法の第一の原理は、「あなたの感情はすべてあなたのものごとの受け止め方、あるいは考え方によりつくられる」ということです。

 

なんでもいいですからなにかよくないことを思い出して、そればかり考えてみてください。そうするとなにもかも暗く思えてくるはずです。例えばあるうつ病にかかった女子大生は一番の親友が他の学生にからかわれたのを聞いて、次のように考えました。

「人間なんてこんなものだ。残酷で人の気持ちなんてわからないんだわ」しかしこのとき、彼女はここ数ヶ月で自分に対して残酷だった人などほとんどいなかったという事実をまったく見過ごしています。

うつ状態のときには特別制のレンズのついたメガネをかけて世の中のポジティブなこと、明るいことをみえなくしてしまうものなのです。

 

 

認知のゆがみの定義

全か無か思考:ものごとを白か黒のどちらかで考える思考法。少しでもミスがあれば、完全な失敗と考えてしまう。

 

一般化のしすぎ:たった一つのよくない出来事があると、世のなかのすべてこれだ、と考える。

 

心のフィルター:たった一つのよくないことにこだわって、そればかりくよくよ考え、現実を見る目が暗くなってしまう。ちょうどたった一滴のインクがコップ全体の水を黒くしてしまうように。

 

マイナス化思考:なぜか良い出来事を無視してしまうので、日々の生活がすべてマイナスのものになってしまう。

 

結論の飛躍:根拠もないのに悲観的な結論を出してしまう。

A 心の読みすぎ。ある人があなたに悪く反応したと早合点してしまう。

B 先読みの誤り。「事態は確実に悪くなる」と決め付ける。

 

拡大解釈と過小評価:自分の失敗を過大に考え、長所を過小評価する。他に他人の成功を課題に評価し、他人の欠点を見逃す。

 

感情的決め付け:自分の憂鬱な感情は現実をリアルに写していると考える。「こう感じるんだから、それは本当のことだ。」

 

すべき思考:何かやろうとするときに、「~すべき」「~すべきでない」と考える。あたかもそうしないと罰でも受けるかのように感じ、罪の意識を持ちやすい。他人にこれを向けると、怒りや葛藤を感じる。

 

レッテル張り:極端な形の一般化のしすぎである。ミスを犯したときにどうミスを犯したかを考える代わりに自分にレッテルを貼ってしまう。「自分は落伍者だ」と。他人が自分の神経を逆なでしたときは、「あのろくでなし」といふうに相手にレッテルを貼ってしまう。そのレッテルは感情的で偏見に満ちている。

 

個人化:何かよくないことが怒ったとき、自分に責任がないような場合にも自分のせいにしてしまう。

 

 

 

心の監獄から脱出するにはどうすればいいのでしょうか?とても簡単なことです。今の気分というのはあなたの考え方の産物なのですから、気分がそうであるからといってあなたの考え方が正しいことにはならないのです。不愉快な気分は単にあなたが物事を不愉快に考えているという事実を示すにすぎません。ちょうど産まれたばかりのアヒルのひよこが母アヒルの後をついて歩くように、気分は考え方のあとをついてくるものです。ひよこが後をついてくるからといって、母アヒルの行く方向が絶対正しいとは限らないのです。

 

落ち込んでいるときは、自分は価値のない人間だと思い込んでいるものです。落ち込み度合いがひどければひどいほど、この考え方は強くなります。

 

認知療法の基本の一つは、自分は価値がないという感情に巻き込まれるのを阻止することです。臨床では、私は患者のマイナスの自己イメージを再評価することを目標とし、同じ質問を何度も何度も繰り返します。「自分はどう取り繕ってもやっぱり失敗者だと言い張るが、それは本当に正しいのですか?」と

 

あるセールスマンは私に言いました。「月の売り上げが目標の95%かそれ以上なら容認できる。94%かそれ以下はまったくの敗北だ」

 

うつ病のもっとも怖い要素の一つは、意志力を麻痺させてしまう点です。軽症のときは、嫌な仕事をいくつか先に伸ばそうとします。なにをするにも難しく見えてしまい、なにもしたくないという衝動に打ち負かされてしまうのです。

 

努力にも関わらずその成果を独断的に評価してしまうと、やはり打ち負かされることへの恐怖感が生じます。これは非合理的であり、プロセス指向より結果指向を示すものです。

(中略)私が仕事を結果だけで評価していたら、患者がいいときには陽気になり、ネガティブに反応すると打ち負かされた気分になってしまいます。自己評価は上がったり下がったりして、一日中くたくたになるでしょう。

 

たとえば、一人でレストランへ行きひどく緊張してしまったとします。あなたはこう考えるかもしれませんね。「ここの人々はきっと、私のことを落伍者とおもっているにちがいない。こんなところに一人で来る人なんていないから」

(中略)あなた自身の考えだけが、あなたに影響を与えることができるのです。例えば、自分は一人だからと惨めな気持ちを抱えてレストランにいたとしても、ほかの客が何を考えているかなんて本当にわからないのです。

 

「~すべきだ」を「~したい」に置き換えれば、自尊心をもって自分を治療してゆくことができるでしょう。このことは、選択の自由と個人の尊厳をもたらします。

 

自分への信頼をもっているのか、少なくとも持っているかのように行動できるかどうかがポイントです。これはあなたが価値のある人間であり、完全である必要はないという前提に基づきます。健康な人は、批判されたときに最初に浮かぶ意見が洞察的です。「この批判にはほんの少しでも事実があるだろうか。批判されるようなどんなことをしたのだろうか。自分は実際に役立たずなのだろうか」という具合に。

 

確かに時には悪いことや、人を傷つけるような行動をとるかもしれませんがそのたびに自分は「悪い」とか「腐った」人間だとレッテル張りしてしまうのは、自分を責めることにエネルギーを費やす無駄な行為といわざるを得ません。

 

不合理な「すべき思考」は、罪悪感へ行き着く前に必ず通る道です。この考えはあなたが完璧で全知全能であるべきだと暗にほのめかしています。完全主義的な「すべきこと」は生きていくルールも含めて、無理な期待や融通のなさをうみ、あなたを苦しめます。

 

治ったような気がすることと、本当に治ったことの間にはいくつかの違いがあります。

本当に治った場合とは、次のような状態を言います。

1 どうして憂鬱になったのかその原因を知っている。

2 どうやったらよくなるかを知っている。

3 自信と自尊心を持っている。

 

他人の賛成などは、自分でそれをもっともだと納得しなければ、気分に何の影響も与えないのです。ですから、たとえ褒められたとしても、自分の気分をよくさせるのは結局はあなたの考え方次第なのです。

褒められることばかり求めると、他人の意見ばかりに左右されるようになります。ちょうど薬物中毒のように、禁断症状の苦しさを避けようとして絶えず礼賛されつづけなければならなくなります。誰か、あなたにとって重要な人に反対されたらもはや「ヤク」を失った中毒患者のよう痛々しくつぶされてしまうでしょう。

 

もしあなたが相手を非難して相手の人生の意味や価値を破壊してしまう権利などないとすれば、同様に他人の批判にあなたの自己価値感覚を揺さぶる力もないのではないでしょうか?

 

自分を低くみて安売りしてはいけません。

 

もし好ましくない考え方が頭に浮かんできたら、書き出して、ゆがみを指摘して、合理的な考え方に変えていきなさい。

 

完全主義を克服するにあたってまず必要なのは、動機づけです。完全主義者であることの利益と不利益を表にしてごらんなさい。実際には自分の利益になっていないことがわかって、びっくりしますよ。

 

完全主義に駆り立てているのは、恐怖なのです。今していることをやめようとしたとたん、彼らはたちまち生々しい恐怖へとエスカレートする強力な不快感につかまってしまいます。結局、安心を得るため、もとの脅迫的な儀式に戻ってしまうのです。

 

完全主義を克服する別の方法は、プロセス重視という見かたです。これはものごとの評価の基本として、その結果よりもプロセスに注目することです。

(中略)彼は、毎日市役所へ車を運転することを想像してごらん、と私に言いました。ある日は青信号ばかりで 着きました。ある日は、赤信号や交通渋滞でもっと時間がかかりました。運転技術は毎日同じはずなのに、どうして自分がやった仕事に同様の満足がもてないのでしょう?

 

ごく簡単な質問をしましょう。人間はみな間違いを犯します。これを認めますか?よろしい。では、あなたに聞きますが、あなたは人間ですね?よろしい。もちろん、あなたは間違いを犯すだろうし、また間違わねばならないのです。間違いをして自分を責めようとするたびに、自分に言い聞かせなさい。「私だって人間なんだから、間違いもするだろうと予想はしていたんだ」と。

 

 

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以上です。

読んでくれてありがとさん!!