自分の生き方をそれることを恐れる

「恐れ知らず」という言葉があるよね。
恐れるものがなにもないような大胆な振る舞いをしている人や命知らずの行動をしている人のことを言うよね。
「恐れしらず」とか「無敵」という言葉にあこがれる子もいると思います。
でも、恐れるものがなにもない人よりも、恐れるべきものを恐れている臆病な人のほうが強くてすばらしい人だとブイチは思うんだよね。
  
  
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たとえば会社に入ったら、必ず上司という人がいます。怖い上司もいればそうでもない上司もいるけれど、多くの場合部下にとって上司とは緊張する人です。
で、そういった上司をなくしたい、自分にとって目の上のたんこぶをなくしたいと思って、社長とか会長とか、組織の一番上のお山の大将になったとします。
でも、怖いものがなにもなくなったと思って自由奔放にふるまっていたら、部下の気持ちが離れていくので、社長の座を長く続けることができません。歴史でも王様が自由奔放に振舞っていたら、国民が反乱したりしたりするでしょ?
結局のところ、恐れるものがないと人は傲慢になってしまうんだよね。
傲慢にならないためには、恐れるべきものを恐れる必要があるんだよね
では、なにを恐れればいいのかな?
 
 
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「自分が決めた生き方をそれた行動をすること」だとブイチは思うんだよね。ブイチの考えだけど。
人からどう思われるかとか、先生とか上司に怒られることを自分の恐怖の基準にするべきではないと思います。だって先生とか上司とかがいなくなったら、結局傲慢になってしまうから。
だれかに怒られるかどうかを基準にして生きていたら、自分らしく自由に生きられないよね。
だれかの評価でなく、自分が決めた生き方をしっかりもっていたら、先生が見ていようが見ていまいが、自制心をもって日々をすごすことができます。
そうしたら、たとえ組織の上にたったとしても、傲慢にならなくてすむし、自分らしく自由に生きることができるんだよね。
読んでくれてありがとさん!!